『自分は何ができるのか』
『自分は実際何をしているのか』
『最終的に何がしたいのか』
これって自覚してるでしょうか??
今読んでいる本の中に、
ちょうどこんな言葉がありました。
…何かを真実と信じると 、ますますそれが真実と思えるような経験をします 。
自分を弱い人間 、おろかな人間 、あるいは無能な人間と思うと 、実際 、友人やら家族やらがなんと言おうと 、自分が弱く思えるような経験 、おろかと思える経験 、無能と思える経験をするようになるのです 。
自分の経験が自分の思い込みの投影である…
…自分が何を持っているのか 、それに気づくまでは貧乏や苦しみから逃れられない…
本性を認識しないかぎり 、私たちは苦しみ続ける…
本性を知れば 、私たちは苦しみから解放されます 。
例えば、
「自分は下手だ」
「自分には〇〇はできない」
が真実と信じることで、 事実が「思い込み」フィルターを通って、
その思い込みに即したもの・経験しか受け取れなくなり、
事実が自分によって歪められてしまうってことでしょうか。
…そんな、めんどくせぇこと…
もしかすると
下手だ。
というのが「本当だ!事実だ!」と言いたくなるかもしれないけど、
だとしても、
そこで話を終わらせるのではなく、
もっと具体的に
何をもって「下手」とラベリングしているのか
何ができないのか
を挙げることが、解決の一歩になるのではないでしょうか。
《思い込みで終わるのではなく、事実を見る》にまで踏み込みたい。
【今、私はどんなスキルは持っているのか/持っていないのか】
【今、私は何ができているのか/何ができていないのが嫌なのか】
【今、私はどういう演奏をしているのか/どういう演奏になってないのが嫌なのか】
【今、私はどういう動き方を意識的にしているのか/無意識にしているのか】
ホントのホントの事実を
フィルター(こうあるべき、こうするのが合っている・間違っている、など)を
通さずに挙げる。
難しいけれど、、
そうすることに取り組んでみることで
自分では自覚していなかったものが出てくるかもしれません。
もし必要なら
録音したり、動画を撮ったり、鏡を使ったりして、
それこそ他人の目を頼ったり。
目標に近づいているのか、遠のいているのか、
事実という情報を集めて練習していきませんか!?